DJ INTERVIEW Details
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Stephane K(2002/11/23更新)
NYのアンダーグラウンドさとヨーロッパの洗練されたプログレッシヴ・ハウスを 融合させた功績者。長年KATSU IMAIとMADAM名義で活動を続け、ここ最近はJOHN CREAMERとのコンビでKOSHEENやIIOなどのリミックス、そしてオリジナルを連続 ヒットさせるだけでなく、SATOSHI TOMIIEとのBIPATH名義、PQMとのコラボレー ション、そしてソロと多忙を極めている。JOHN CREAMERと手掛けたBEDROCKから のMIX CDもロング・ヒット中。

もともとMADAMというユニットがあり、現在はJOHN CREAMERとのCREAMER & K.という名前が前面に出るようになったわけですが、そもそもの始まりを教えてください。

「KATSU君と一緒に(MADAMを)やってるとき、EIGHTBALLのA&RをやってたJOHNか ら『リミックスをやらないか?』ってオファーがあって、それ以前にJOHNが MADAMの「Deep Kemical」って曲とかを好きで、リミキサーとして使ってくれて仲良くなって。その後、JOHNがJOI CARDWELLのリミックスをしなくちゃいけなくなったけど機材も持ってないし、ってことでKATSUを通してウチちに電話してきて『やろう』っ てことになり、いつのまにかJOHNが仕事バンバン持ってくるからやるようになっ ちゃって。KATSUは当時ちょっとダンス・ミュージックへの興味を失いかけてた 時期だったので。でも俺はバンバン、ハウス・ミュージックが好きってのもあっ て」

今後MADAMとしてやる可能性はあるんですか?

「ありますよ」

KATSU君も今はTWISTEDとかからリリースしてますからね。

「そうそう。彼もがんばってるから。決して仲が悪いわけでもないし、今でも電 話よくするし。協力しあってやることもあると思う」

現在は、STEPHANE K.の名前もクローズアップされ、SANDER KLEINENBERGなど とコラボレートするようになりましたが、1番最初に支持してくれたDJは誰にな りますか?

「名前を一番持ち上げてくれたのは(JOHN)DIGWEEDとDANNY TENAGLIAとSATOSHI TOMIIEです」

それはどういう形で?

「当時NYはトランスとかエピック・トランスとかが流行ってた時代で、俺とJOHN のような音は受け入れられてなかった、というか、需要がなかった。だけど DANNYだけは常に自分のスタイルを持ってて、けっこうかけてくれる存在だった んです。TRANCESETTERSの「Roaches」とか、僕のSUPER K.って名前で出したA面 の2曲目とかをDIGWEEDがよくかけてるのを見て、サテライトレコードの店員だっ たかな、ある人が『この2人の音が好きなのか。電話番号教えてやるから電話し てみなよ』ってDIGWEEDに僕らのスタジオの番号をあげたんです。そしたら DIGWEEDから電話かかってきて『もっと曲はないか?』っていうことになって、 たまたま終わったばっかの「Hide U」をあげたら気に入ってくれて。そしたら、 しばらくDIGWEEDが必ず最後の曲に「Hide U」ってのが続いて、DIGWEEDを通して SASHAとかいろんな人にもまわって、SASHAがEDITして毎回ラジオとかでも必ずか けてくれてたみたいなんです。それでヨーロッパにも広まっていったんです」

曲的には、一時期のNYハードハウスってのを除けば、スタイルは長年変わって ないですよね。2、3年前の曲が今出ても全然平気って感じで。個人的には、時代 がやっとまわってきたと見るのか、時代が追いついてきたと見るのか、どっちで しょうか?

「時代が追いついてきたと考えたほうが嬉しいですけど(笑)、わかんないです ね。自分では。たまたまじゃないですか。需要と供給が一致して、みんなメロ ディーがいっぱい入った曲に飽き飽きして、たまたまタイミングが合っちゃった みたいな」

しかし、CREAMER & K.っていうスタイルが世界的に認知されたことによって、 それを真似する人がいろんなとこから出てきて、メディアの紹介文とかで CREAMER & K.スタイルって表現されるようになったりしたことはどう感じます?

「うん、ちょうど中途半端だったんですね。プログレッシヴっていわれてるけ ど、みんながいってるプログレッシヴとちょっと違うし、NYハードハウスでもな いし、微妙なところにいたんだと思うんですね。それがよかったというか。わか ります?」

どこにでも当てはまるけど、どこにも属さないというか。

「そうそう。NYプログレッシヴっていうわけのわからない呼び方をされたことも あったけど。でもJOHNは『俺はハウスだ』って思ってるらしい」

では、名前とスタイルが認知されることによって、新しいことをやらないとい けない、という使命感って出てきましたか?

「ないですけど、“Remixer of the year”みたいなのを取っちゃうと、リミッ クスするときにプレッシャーがね。『変なの出来ないじゃん、もう』みたいな。 『やばい!』って(笑)。全ての曲がかっこいいプロデューサーなんていない じゃないですか。でも。かっこいい曲を出す確率、たとえば5曲に1曲はすご い!っていうような、確率を上げていくように努力してます」

なるべく数を打つっていうよりは慎重に。

「うん、慎重に。1曲1ヶ月かけますからね」

そこら辺がほかの人と違いますよね。

「わざと寝かせてまた新鮮な耳で聞いて間違いを直してってのを2、3回やるんで すよ。たまにスケジュール的にそれが出来ないときがあって、そのときのレコー ドは良くないんですよ。どれかは言いませんけど。手を抜いてるわけではないん ですけど、たまにタイトで、『あー、もう全然できあがってないのにぃ』ってい うのがたまにあります。時間がかけられるのであれば1ヶ月でも2ヶ月でもかけま す」

時間がかけれるといえば、JOHNがDJしていない間に作ったソロ作の「Numb」が SATOSHI TOMIIEのSAWから出ましたね。ソロはこれからも出るんですか?

「すごい古いのが出ましたね。普段、ミーハーまではいかないけど、歌物ばっか りやってるじゃないですか。だからその反動っていっちゃなんですけど、すごい マニアックなものが出ますよ」

NYで活動してて、実際アメリカのマーケットって小さくなって、アメリカのレーベルもUKのディストリビューターを通じてレコードを売ったりするようになってますけど、NYのクラブ・シーンも前と比べて活気もないじゃないですか。 その中で新しいものを生み出していくっていうのは、どこから新しいものを吸収 していったらいいんですか?

「いいんでしょうね(笑)?。うーん」

変な話、クラブの世界でNYに住んでいる必然性ってなくなってると思いませんか?

「ないですね。もうクラブも行かないし。面白くないですからね。いずれ日本に 帰って日本で活動しますよ。やっぱり、日本発、日本人が作ってるのが世界に出 て行かないとおかしいんですよ。テクノの人はちょっと頑張ってるけど。日本人 がいなかったら世界にダンス・ミュージックってないと思います。303もないし 909もないし。日本人はシャイだからステージに出て派手に盛り上げるのは苦手 だけど、ダンス・ミュージックだったらベッドルームでも作れるわけだから、こ れほど日本人が世界に出て行くのにぴったりな音楽ってないですよ」

そのタイミングの見極めは?

「いや、まぁ、ノリです(笑)」

例えばえばCHARTで一位を獲ったときとか。

「そういうのって何も考えないで生きてるんで(笑)。計画がないんですよ。 まったく流されるがままのときもあるし。昔は成功するまで絶対帰らないと思っ てましたけど、最近は日本のご飯もおいしいし、テレビも面白いし、なんか、隣 の芝生はよく見えるって話かもしれないけど」

じゃあ、質問の仕方を変えましょう。ヨーロッパに行ったとき、NYの人と見ら れるんですか? それとも日本人?

「いい質問ですね(笑)。・・・・知らない人はみんな、俺のことを白人って勘 違いしてるんです。会ったら『なんだ、ただの日本人じゃん』って思ったやつも いるかもしれない(笑)。会うとみんな、印象変わるみたいですね。日本でも外 人って思われてるみたいですね。『日本語しゃべるんですかー』とか言われるか ら(笑)」

他の血は入ってないんですか?

「半分フランス人ですね」

フランス語は?

「いやいや! ダメです。聞く分には大丈夫だけど。親父の方がフランス人。小 中高は日本にいてその後はアメリカです。フィラデルフィアで大学に。何もない から耐えられなくなってNYに引っ越したんです。NYからフィラデルフィアは一時 間半なので、授業を1、2日に詰め込んで通ってたんですよ」

専攻は何を?

「一応、History(笑)。暗記だけで頭使わなくていいから楽じゃないですか。 まじめな学生じゃなかった。International Studentは辞書を使わせてもらえ るっていうんで。これほど勉強しないで卒業出来たやつはいないんじゃない。目 が異常にいいんですよ。多分3.0ぐらいあるんですよ。向こうはマークシートが 多いんですけど、ちょっと周りを見れば答えがバーっと見える。アフリカのサバ ンナに住んでる人ぐらい目がいいんですよ。もうちょっとしたら遠視になってケ ント・デリカットみたいな眼鏡をかけるようになるんじゃないかな。それはいい として(笑)、頭のいいやつの近くに試験のときは座ったりしてました。ひどい 学生でした」

で、大学を出てからは何をやってたんですか?

「バンドをやってたんです。ハードコア・プログレッシヴ・バンドみたいな。怪 しいバンドだったですけど、いちおうデビューをしました。SHIMMY DISKって レーベルからアルバムを出して日本ツアーとかをやったんですよ。チケットぴあ とかにのって。日本公演。あんまり人は来なかったんですけどね(笑)。

なんて名前だったんですか?

「E Trance」

・・・やばい名前ですね。

「やばいですよね。恥ずかしいですよね。俺が作ったんじゃないんですけどね。 エトランゼって名前だったのに俺が入ったころにはそうなってた。俺、ギタリス トだったんですけど、そのときベースがいなくて、じゃベースやるよ、って。そ こから2年ぐらいやってアルバムまでたどりつけたんです。CDGBとか、昔のニッ ティングファクトリーとかでやったりね。この二つが当時一番すごかった。西海 岸とかもツアーに行ったし。最後のほうは野沢直子のバンドとタイバンもやりま したよ。売れなかったんですけどね。で、バンドやりつつ、クラブとかにもちょ こちょこ行って。SOUND FACTORYとか。で、『これかっこいいじゃん』って思っ て。当時僕が思ってたハウスのイメージはピアノが入っててちゃらんちゃらん、 みたいな。でもJUNIOR(VASQUEZ)の音楽はテクノでもなくハウスでもなくすご いいいところ行ってたんですよ」

クラブものはそれから作るように?

「しばらく作らず2、3年遊んでるだけで。ある日、MACを買って、サンプラーを1 台入れて作ってみた。で、使い方わからずにほっといたり、たまに触ったり。 WATANABE HIROSHIがいるDOCTOR SOUNDっていう楽器屋があって、そこで作った のを聴いてもらったら、『なんで909を使わないの』、って言われて。『え?  なに、それ』っていうと、『あげるよ』って言われて。もらって聞いてみたら 『これってみんなが使ってる音じゃん!これを使えば俺も作れるじゃん!』って 思って調子に乗って作り出したんです。だから、WATANABE HIROSHIは恩人です ね。すごい感謝してる。最初のうちは、分からないことがあるとすぐHIROSHI君 に電話して、教えてもらってた。質問ばっかしてた。俺の先生みたいな人です」

日本から外に出た人は、アジア的というか日本的な部分を出していくことが多 いですが、そういう意識は芽生えましたか?

「出していきたいですね。日本に帰ってレーベルを作ってもいいし、どういう形 か分からないけど。向こうにずっと住んでると、なんか大和魂が宿ってくるんで すね(笑)、自分の中に潜んでいる、ね。日本人をなめてる外人を見てるとだん だんむかついてくるし。ヨーロッパの人はそうでもないけど、NYの人はいかに日 本人をだまして金を巻き上げるかしか考えてないから、なめられてるんです、い ろんな意味で。俺とかはガンガン言うから、そうでもないですけど、変な大和魂 が沸いてきますね。話それちゃいました」

そういうのが面白いんです(笑)。では、音楽以外に他の活動していくとか考 えてますか?

「サッカーゲームですね。『Winning Game 6』ってのが面白くて、外人はよくそ のゲームやるためだけにウチに来ました。暇さえあればみんなでやってた。あと は本当に何もしないですよ。家にいて曲つくってるか、日本のビデオ見てるか」

それが不思議ですね。他の人の曲を聞かないじゃないですか。流行を追わないっていうか、それがDJと違う点かもしれないけど。

「でもね、すごい量を送ってくるんですよ。プロモが週にすごく来る。だからレ コード屋さんにいかなくてもある程度バンバン来る」

そろそろDJも?

「ラップトップDJ。トラクターとかね。でも、そういうのをやったりする俺みた いなDJが増えるとますます音楽が売れなくなるんですよね。自分がやることに よってネガティヴに・・、俺は楽でいいけど、業界全体に良くないし、レコー ド・レーベルがつぶれてけばプロデューサーもやばいし、持ちつ持たれつじゃな いですか。共存していかないとだめだし。最近本当に音楽売れないんです。アメ リカでもイギリスでも誰と話しても。テンポラリーに悪いって言ってる人たちが 多かったけど、どうやらそうではなくて。やっぱりみんな、コピーしていくし、 NAPSTERとかああいうのがいっぱいあって。NAPSTER信者とかいっぱいいるんです よ。アメリカの学生とか。たまに酔っ払ってJOHNにディベートしてくるやついる んです。大学生とか。『音楽はタダであるべき』とか、『知的所有権自体がおか しい』って。すごい怖い思想がひそかに学生の間に広まってるんです」

Audio GalaxyとかNapsterとかはつぶれましたけどね。

「やばいですよ。音楽でメシ食っていこうとすると。TOMIIE君の場合、俺とまっ たく同じことを感じてて、音楽でメシを食っていく時代は少しずつ終わっていく かもしれないから、俺にアドヴァイスとして『もっとDJとかライヴとか、そうい うものをやらないと生き残れないかもしれないよ」って。頭いいな、っていう か。考えてるな、って。・・・暗い話になっちゃいましたね」

でも、切実な話ですよ。レーベルは潰れるし、雑誌は薄くなってくし。

「まじで誰と話してもネガティヴなことしか言わない。1年後になくなるレーベ ルも多いんじゃないかな。うちのマネージメントもすごい嘆いてる。最近いろい ろ来るけど、業界全体のリミックスの値段が下がってきてて。『知的所有権がい けない』なんて言ってるやつ、すごい頭にきますよ。そんなことやったらみんな Demotivateされて全然ダメになっちゃいますよ。音楽全体のクオリティーも下 がってくると思うし。コンピューターが1台あればできるし、敷居は低くなって ますね。ある意味、よくない音楽も増えるでしょうね」

リスナーがクオリティーの低い曲に飽きちゃう。しかもクオリティー高いものと低いものと並列で並べられちゃうのもね。

「曲を作ったことないやつがループを2、3組んでたまたま相性がよくていい曲に なるってのもありえますからね」
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