DJ INTERVIEW Details
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HIROSHI WATANABE(KAITO)(2002/11/23更新)

NYでずっと活動をしていた時期がありますが、結局NYは何年いたんですか??

「94年夏から99年の夏までで5年です」

ところで、NYは当時は暗い時期でしたがクラブシーンはどうでしたか??

「そういうほうが面白かったんだよね、結果的にはね。町が景気よくなると、み んなが言うNYのよかった部分って削れていくわけだから、クラブシーンも同じだ よね。僕たちが95年に移ってEast VillageにあったSave the robotsでDJはじ めたときも、Avenue B沿いにあったから、やっぱ怖かったし、まだ全然。で、夜 中じゃない。みんなでつらなっていかないと何があるか分からないようなノリ だったから。怖かったもんね、まだ。」

Save the robotsはどんなクラブだったのですか??

After Hoursが有名なクラブだったんだよね。僕が始めたのはRe-openした後で。 そこが僕が人前で本当にDJをやった発信の場なんだよね。

その前はボストン、バークリーですね??

「そう。90年にいって94年まで」

クラブ・ミュージックを作る人で音楽理論を学んでる人は稀有だと思いますが、理論的な部分を学んでクラブ・ミュージックに活かせる部分ってどういうと ころだと思いますか??

「結局はどんな理論を習おうが獲得しようが、クラブ・ミュージックであるため の形態っていうのは崩せないわけで、僕もクラブ・ミュージックを好きになって 自分が作りたいと思って作り始めたとき、漠然とDJがクラブ・ミュージックを作 るような感覚で作らなければかっこいいものにならない、って認識してたんです ね。だからそこで、あくまで習った理論っていうのは全部後付けであって、最初 に作るときは全て感覚の上で、ただ気持ちいい音を探してって構築してくしかな いだろうと間違いなく思っていた。僕がDJ始めたきっかけもそのためだし。結局 どこどこ大学を出て音楽を習って、っていう僕のバックグラウンドはあまり活用 されてないっていったほうがいいですね。どういうときにそれが助かるかってい うのは、クラブ・ミュージックの1つの方向性だけでなく、もう少しいろんなと ころで自分の活動を広げられるっていうところにメリットがある。それはもう少 しコマーシャルなものだったり、僕が本当に突き詰めていきたい映画・・・サウ ンドトラックとかスコアリング的なもの・・になっていったときには、自分が好 きでやっているものプラス、音楽理論ってのがミックスしていける」

NYでの活動期間、KING STREET、DEEPER、PROGRESSIVE HIGHなどからいろんな作品が出たわけですが、そこをやめて日本に戻ってきた最大の理由とは何です か??

「僕の中で自分がホントに日本に戻りたいと思うまでは戻らないだろう、NYに ずっと住むんだと思ってやってましたけど、僕が欲しかったNYのものを突然全部 吸収しきった気分になっちゃったんです。ちょうどその時期にDEEPERとかEMPIRE STATEとかから出せたキッカケがあって、僕がNYで得た統合的なもの、統合的な 作品が出せちゃったな、と自分で感じたあと、すごい急に『ここはいいや』と思 えて。だったら他に移るよりは高校卒業してから社会人として日本にいないって 思いもあったから、まずは自分の国に帰ろうと」

NYっていろんな人種がいて、日本人はその中でもマイノリティだと思いますが、人種的な問題で活動しづらいということはありましたか? もちろんNYには 日本人で活躍してる人はSATOSHI TOMIIEを筆頭に何人かいるんですけど、そうい う中で上がっていくのは難しかったですか??

「うん、やっぱり難しいよね。あそこで良かったことでもあり悪かったことでも あると思うのは、NYっていうエリア内での競争だったり、その中でのし上がって いこうと思ったり、いろんな作品が出てる中で負けたくないとすごく狭い中で やってたような気がして。それがあったからいいものも作れたと思うんだけど、 トータルで考えたときもうちょっと同時に外のことを考えてても良かったと思っ た。漠然と、どんな人種にせよ、あそこの中で頂点に立つためにはすごい努力と 長い時間とかかるはず。僕は頂点に立つ前に、結局自分の中で満足して戻ってき ちゃったほうだから」

その結果的な満足部分っていうのは、KIMARA LOVELACEの「Circles」のリミックスのビルボードのダンス・チャートで1位を取ったことですか??

「それはね、流れの中であったことであって、リミックスじゃなくて僕自身の DEEPERやEMPIRE STATEのオリジナルが僕の欲しかった部分を全て出せたという満 足感を得れた作品ですね」

現在はHIROSHI WATANABEやQUADRAといった名義以外に、KAITOという新しい名義でのリリースが続いています。KAITOは、いままでNYや日本であった流れとは 違い、ドイツのレーベルであるKOMPAKTとの契約ですが、その流れはどこから生 じたんですか??<

「NYにいってNYハードハウスを作ってても、裏ではそういうQUADRAっていう僕の プロジェクトがずっと進んでたわけで、そっちは日本のFROGMANから主に出して た。昔から言うんだけど、QUADRAで作ってる音というのは、僕がNYで得たいと 思ってて出来たものというより、もともと自分の中にあった、欲しかった気持ち のいいものをクラブ・ミュージックと融合させたすごく素直なプロジェクトだっ たんですよ。それは同時進行してたんだけど、日本に戻ってきたのをきっかけ に、もう1回自分が全部フレッシュしていちからやりなおそうと思ったとき、今 だったら何が作りたいかな、と考え、のちにKAITOとTREADというプロジェクトに なっていく。いろんなレーベルからいろいろ出してきたものをいろんな人に聞い てもらって、みんなが、根本的に僕の音自体が『NYじゃなくてヨーロッパなんだ よね』って言ってる話はずっと聞いてたんですよ。僕自身もそうだと思いながら もそういうコネクションだったりを作ってなかったし、今までコネクトしてこな かったってのがあって、それを日本にせっかく戻ってきたんだから、してみたい なとずっと考えてたとき、ちょうどTREADってプロジェクトを一緒にやってる北 原君が、彼はヨーロッパの音をずっと追ってた人で、僕がたまたまそのときに 『新しいプロジェクトで曲を作ってるんだ』って言ったら、彼が『これはすぐ KOMPAKTに送るべきだよ』と言ってくれた。僕はそのレーベルをそのとき知らな かったんです。で、KOMAPKTのコンピレーションを聴きながら『これいいね、い いね、これだったらすぐいけそうだね』ってすぐ送ったら、ついた瞬間向こうか らメールもらって、で、出すことになった」

KOMPAKTってドイツのケルンに位置する他のドイツのレーベルとは異なった特殊な場所にありますよね。オフィスに行きましたか??

「うん。お店もすごくこじんまりしておしゃれで、お店の大きさもこのスタジオ ぐらいしかないんだよ。1階が全部レコード屋さんで、その上のフロア全部オ フィスなのね。働いてる人も、お店とオフィスで全部入れても多分7人ぐらいか な、常にいるのは。すごくおしゃれでかわいいとこだった」

KOMPAKTはジャンルに特化してない感じですか??

「うん。KOMPAKTの手法ってのはわりにFROGMANがやってたことと似てるんだけ ど、アーティストでカラーを決めていくというやり方で、そこにKOMPAKTという ブランド・イメージをじわじわつけていったというレーベルだと思うのね。後で 見ていくと。KOMPAKTというとこのサウンドってわけではなく、その中でアー ティストを決めてって常にコンスタントに見せていくことでジャンルわけを KOMPAKTの中でしていくという手法みたい」

KAITOってドイツの人が見たときに何を意味するかすぐ分かったんですか??

「彼らがどうしても日本語を使いたいっていう発想をしてきたんですよ。僕は、 日本人が日本語のプロジェクト名を見たときかっこよく見える日本語ってのがき わめて少ないから、『これはすごく難しいよ』って話をしてて、いろいろ探して いくつか候補をあげたんだけど、向こうがローマ字で書いたときの字体で考えて るから、それがピンとこなくて『それでもだめなら子供の名前しかないな』と かってぽっと言ったら、名前はなんていうんだ、って聞かれたので『KAITO』っ ていったら、それだけで一発OKでした」

それでジャケットのアート・ワークも子供の写真に??

「子供の写真を使ったのは2枚目のシングルからね。1枚出して、せっかく KAITOって名前を使ったから子供の写真をメールで送ったわけ。そしたらその写 真をすごく気に入ってくれて、写真使うからって。向こうが全部アイデアを出し てくれて」

今はKAITOがメインにありつつ、同時並行で自分のやりたいことをやってるんですね。QUADRAを再始動させるとのことですが、具体的にはいつですか??

「FROGMANのサブレーベルのU.S.Bからはまずコンピレーションに1曲新曲が入っ て、シングルがそのコンピが出たあとに2曲入りで出るんですね。もともと QUADRAの音はKAITOと共通したメロディアスで空間的なイメージがあるんだけ ど、そこら辺はもう少しそぎ落としてテクノを軸にファンキーなビートで、グ ルーブがある。で少しだけ今までの要素をエッセンスとして乗っけて新しい QUADRAを展開していこうと思ってます」

ほかに今の段階で決まっているリリースは??

「TREAD。10月25日に『TREAD3』っていうのが出て。TREADに関しては今のところ CDしかなくて、3枚アルバムを出してるんですね。そのアルバムはコンセプトが あって、全て今までの1、2、3はストライプの色違いでだしてるんだけど、4まで 出して、完結させる。4部作目を来年の春までに出そうかと思っています。それ からKAITOでアルバムとシングルの中からピックアップした曲のビートだけ抜い て、上物に変化を加えてアンビエントのリスニング用に作り変えたアルバムが年 があけたらすぐに出る。今のところKAITOとTREAD、それからTHIRDEARというレ ーベルがあって、日本とロンドンにあるんですけど、そこから自分の統合的な、 いろんなプロジェクト名で作ってるいろんな要素を盛り込んだ本名名義の楽曲 をアルバムとシングルで出す予定になっています」

最近はどんなことをしていらっしゃるんですか??
「僕、写真にこってて、そういうのも発表できる形をバンバン作っていこうと思 う。基本的にスナップですがいろいろとってます。風景から、人から、いろい ろ。基本はデジタルで。今の時代だからいかせるもの。実際にプロのカメラマン で長い間フィルムを使って来た人はデジタルにまだ抵抗感があると思うのね、で も実際音楽でもMP3を平気でみんなが聞けるのと同じで、クオリティーが関係な くなってきてますよね。要するにパっと見た時の感覚で決まってしまう、よけれ ばいい、という。フィルムは現像するときに手間ひまがかかるけどデジタルなら フィルム代もかからないしコンピューターでいじれるし、これはチャンスでしょ、 って。(笑)もう、やるっきゃないと思ってるからね。(笑)なんかそっちが今 すごい楽しいかな。音楽は素直に、いつでも表現できるような感覚に慣れた気が するんですよ。だから自分の音楽を作るのに対して悩む必要もないし、なんか自 然にやりたいことがぽっとわいて出るのに慣れた気がするから、もうひとつ違う 表現を自分でしたいなとすごい思えて。それがたまたま写真だったという。」

やはり”表現をしたい”ってことですか??

「そうそうそうそう!表現して評価されたいし、いいだろって見せたいものもあ るけど、見て感じてもらいたいってのが常に音楽でもあったからそれがまったく 同じで、撮り出してみると、人に見せないとつまらないような感じがして。」

そうですよね。反応が来る、すると、次もがんばるぜ、ってなるんですね??

「なるね。どんどんなるね。やっぱりいい写真取れてるじゃん、とか、評価して もらえてる、もらえてる、と思うと、あ、いけるじゃん、とか思うから、いまそ ういうところ?(笑)」

ひょっとしてDJの感覚と似てますか??

「そうかもね。あるかもしれないね。なんでもそうだけど、発信する側とか、 アーティストの立場としては絶対的に自分に自信を持ってないといけないわけ じゃない。それは当たり前のことじゃない。ただ、そこに、フィードバックが あって、目の前で喜んだり、気持ちいいと思ってくれてる姿を見ることでね、絶 対的に膨らむからね、それは当然。だから、結局なんか表現方法ってそうなって くると一緒なんですよね。絵だっていいし、詩を書くことだっていいし、なんで も一緒。」


★決まってるライブ
11月23日 LIQUID ROOM CLUB FROG  QUADRA名義でライブとDJ両方
12月13日 大阪ROCKETS 同上
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