![]() |
|
|
| DJ GARTH(2005/12/3更新) |
![]() |
| 前回の来日はいつでしたか? 2003年12月。その前は93年のGoldでプレイした時だね。 Goldは歴史に残る素晴らしいクラブでしたが、如何でした? 楽しんだよ。4時間ほどプレイさせてもらって。確か、ちょうどいい感じのときに警察が来て、パッと電気がついちゃってね、「さぁ、どうするよ?」って感じだったのを覚えているよ。10分後には警察がいなくなって、再開したけどね。面白かったよ。 私は、Goldに入れる年じゃなかったから羨ましいわ。 もう閉店しちゃったもんね。 あなたが運営しているGreyhound Recordingsのコンセプトについて教えてください。 98年に自分自身のリリースの為のレーベルとしてスタート、また自分のDJ クルー「Wicked」のレーベルでもあったんだ。自分達で、自分達の楽曲をリリースするところが欲しかったんだ。デモ送って、断りの手紙もらうのを待って…って言う面倒なことを省く為にね【笑】 音としては自然に「Wicked」らしいプログレッシブな感じで、当時はダビーでスペイシーで、アップテンポな感じだったね。 Wickedは13年間の活動の末、クルーとしは解散してそれぞれソロで活動をしているけど、Greyhound Recordingsはレーベルとして活発に活動しているよ。Wickedのメンバーからは曲が提供されてGreyhoundからリリースされている。DocもHarveyもね。 ウエストコーストのアーティストを象徴するレーベルだね。 どんなアーティストから影響を受けていますか? んー。沢山いる。どこから始めよう…【笑】 子供の頃はスティービー・ワンダー、ジェームス・ブラウンとかって言うソウルフルな音楽に夢中だったね。ハービー・ハンコックとかね。 イギリスで育ったからニューウェーブにも影響を受けていると思うよ。ちょっと俗っぽいけどギャリー・ニューマンとかね。 アシッドハウスが流行った頃にロンドンに住んでいたんだ。最初にDJの存在って言うものを見せてくれたのはHarveyで、DJというものを意識し始めたのもサウンドシステムの文化を感じたのもその頃かな。 僕らが1991年にサンフランシスコに移ってきたときは既に何がやりたいかっていう大体のアイデアはあったね。 サンフランシスコに移ってきた一番の理由は何だったのですか? 当時、イギリスでは警察がパーティーシーンにすごく突入してきていてどこへ行っても、何でも中止されちゃっていたんだ。 ある日ね、サンフランシスコで大きいRaveに行った時、警察が中止して、道路を封鎖したりしたんだけど、200台以上の車が残って、皆音楽を鳴らしたりしてた。Raveは中止されても人々のパーティーは中止されなかった。そんなこと、イギリスじゃ有り得なかったんだよ。それを見たときにサンフランシスコに拠点を移そうって思った。僕の母親がアメリカ人でもあったしね。 その後、他のメンバーが3ヶ月後に加わったんだ。 皆、移動してきたのね。 そう、僕が最初にサンフランシスコに越してきてその後、仲間達が参加して、僕の床に寝てたよ。「Garth, 俺等も行きたいよ!」って自然と加わってきたって感じだった。【笑】 仲間が来てくれて心強かったよ。 当時、多少のゲイ・クラブがあったけど、本物のアシッドハウスみたいにパワーのあるものじゃなかったし。まだ僕達がやりたい音楽はサンフランシスコになかったからね。 Garthの視点でウエストコースとイーストコースとの音楽的な違いを教えて頂いても良いですか? 経過、かな?僕らが越してきた当時、はまだサンフランシスコにレーベルらしいものが無くて、レコードも殆どNY、シカゴ、デトロイト、ロンドンのレーベルからリリースされているものだったね。ウエストコーストの音を語るって言っても、実際はウエストコースとの音楽って言うより「DJサウンド」について語っているって言う感じだった。 その後、やっとMiguel Migsなんかがスタジオに入るようになって、地元にも定着してきた感じだったよね。 以前はハウスミュージック=NYって言うイメージだったけど、現在はウエストコーストにも素晴らしいレーベルが沢山生まれてきたって事ですよね? その中でもあなたが一番注目しているレーベルはありますか? どうだろうなぁ…?やっぱり自分自身のレーベルの音が一番磨かれたて、研ぎ澄まされているって自負しているから、なんとも言えないな。もちろん、素晴らしいレーベルがウエストコーストに存在している事は認めているよ。 今、世界中をDJしながら、作曲も手がけるプロデューサーとしても活動して、レーベルの運用、リリース…と活動しているわけですが、その気力や精神は何に支えられているんですか? 良い質問だね…パワーの源って事だよね…。 フルムーンパーティー主催していた頃かな? 野外で、星とフルムーンの下に海があって、崖があって…そんな状況で音楽ってものが完璧にマッチしてて。クラブシーンの政治から離れて自由にやっていたサンフランシスコのシーンが特別でオーガニックですごく魅力的な場所だった。 それから、娘が産まれたばかりで、それも僕にとって大きな喜びとパワーだし。僕が耳にする素晴らしい音楽は親友達によって作られた音楽だし。そんな事が僕のパワーの源になっているんだ。 最後にこのインタビューを読んでいる日本のオーディエンスや、DJを目指しているに対してメッセージを貰えますか? DJになりたい人とか、興味を思っている人に、僕の影響を与えすぎないようにしているんだ。 あと音楽を聞く人全てに自分自身に素直になって見つめて欲しいし、音楽が何を語ろうとしているかに耳を傾けて欲しいな。 それから、フリーパーティーをやる事!DJになりたかったら友達を招待してフリーパーティーやるんだよ。それで自分の友達にPRさせることだね【笑】 |
|
![]() |
| Copyright 2002- MUSIC WAVE Co.,Ltd.All right reserved. |