DJ INTERVIEW Details
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JOEY NEGRO(2005/1/20更新)UK

20年もの経歴を経て今のシーンに対して今現在感じる事を教えてください。

クールだと思うよ。色んな変化があったとしても、自分のやりたい事をやって生活を立てているって言う事も含めて「僕の好きな音楽」がより近くにあって、なくならずに存在している事を素敵だと思うよ。
今までに出会った沢山の人がシーンやミュージックビジネスから消えていったり、いなくなってしまったりしている中で、僕がまだスタイルは違っても音楽を作っている事、この業界に存在する事を幸せに思っているね。
もちろん、日によって、自分のギグに納得がいかなくて、「あぁ、このシーンは最低だ!って思うときや、自分が凄く満足いっている作品への反応が思ったよりよくなかったりすると落ち込んだりもするけど、別の日には、凄く気持ちのいいギグが出来て、「あぁ、ここに居てよかった」(英語でなんていってるの?)って思うときもあるしね。その時々によって違った感想を当然の事のようにもつ。
音楽の聴き方、作り方、販売の仕方もドンドン変化している中で、レコードが今までのように売れなくなったり、色々と変化はあるけど、調整をしていけば、特に問題はないんじゃないかな?

時によって音楽に失望したりする事もあるとおっしゃっていたあなたが、こんなに長い間、ずっとこの業界にい続けるパワーの源はなんですか?

音楽が大好きだから!それが、メインだね。例え、皆が僕の好きな音楽が嫌いでも、オーディエンスの存在がなくなっても、僕は音楽を作り続けると思うよ。だって、好きだから。
クリエイトが好きな人がみんな同じように、僕の場合は音楽を作る事と、DJをして人を喜ばせる事は別の事なんだよね。
でも、僕の場合、ギグでうまくいかなかったとか、人の反応がよくなかったとかの落ち込む期間は長く続かないんだ。時には不運にも2回連続であんまり良くないギグが重なったりして、「本当にDJを続けたいかな?」って思っちゃったり、「飽きちゃった・・・」なんて思っちゃったりする事もあるけど、
その後には幸せが3ヶ月続いちゃうような良いギグがあれば、持ち直しちゃうしね(笑)
音楽製作も同じだよ。方向性が分からなくなってしまって、「もう、作れない・・・」なんてあきらめかけた時にアイデアが出てきて素晴らしい曲が出来ちゃった!なんて幸せになったりね。
他の職業と同じだよ。アップダウンがあるけど、好きなものは続けられるんだよね。

あなたが、80年代にラフトレードディストリビューションでダンスミュージック部門を作った当時、イギリスと言えども、カッティングエッジ過ぎて、本気で取り組む人は少なかったと思うのですが、なぜあなたは手掛けようと思ったのですか?

16歳とか17歳から僕はディスコミュージックにははまっていたからだよ。
80'sにはブギーのシーン等は既に存在していたしね。
89年、90年くらいにハススミュージックが爆発的に流行してから、新しい人たちが入ってきた。ロックミュージックが好きな人とかが参加してきて。「カッコイイ」って思われる場所には必ず音楽があったし、トレンドになったよね。その頃に新しい人たちがシーンにどっと押し寄せてきた。
それまで、「君の好きな音楽はあんまり良くないよ」なんて言っていた僕の友達も急にクラブに行ってハウスを好きになったり、それまで同じディスコシーンにいた人が去っていったり、入れ替わりがあったよ。でも一度流行ると色々な人に聞かれるチャンスが増えて、今まで見かけなかった人がハウスのクラブにいるようになった。数年で大きくなっちゃった。面白かったね。

そんなあなたが、また自分自身でレーベルを立ち上げた理由はなんだったのですか?

僕がディストリビューションで働いている頃、色々なレーベルと付き合いがあって、働いていたんだ。
その頃、色々なレーベルにビジネスのアイデアを出していたんだよね。
例えば、昔あるレーベルがダンスミュージックのレコードを出そうとしていたんだけど、なんか仕上がりが良くなかったんだ。だから、その人に「これ、リミックスしてみたら?」ってアイデアを出してリミキサーを紹介したんだよね。その後、そのリミックスは凄く成功しちゃった。
アイデアを出しただけで、何も戻ってこないなんて悔しかった。
僕もきっとそうなんだろうけど、人ってビジネスが成功した時に、そのアイデアを誰が出したかって事を忘れてしまうんだよね。僕がアイデアを出して成功した事であっても、僕には戻ってこないんだ。だから、そのアイデアを人に出す代わりに自分でビジネスにしようって思った。
僕だけじゃなくて、その頃一緒に働いていた同僚も同じ事を言ってた。でも、悔しく思うだけでアイデアを出さなくなるよりも自分で何かやろう。って思ったのがキッカケだったね。
それでRepubicを設立したんだ。

その他にまたZ Recordsを立ち上げたわけですが、Z Recordsのコンセプトを教えて頂けますか?

Z Recordsは僕自身の曲をリリースしていくって言う以外にコンセプトらしいものは特にないんだ。
沢山のプロデューサーが体験していると思うんだけど、
曲を作ってから実際にリリースするのには労力を要するんだよね。レーベルにデモを送ったり、ライセンスしてくれるように働きかけたりね。レーベルから「君の作ったあの曲、使いたいんだけど・・・」ってレーベルから声をかけてくれる事ばかりじゃないからね。
自分で満足している曲を作り上げて、色々手直しをするなど、手間隙かかって大変なのに、その後にプロモーションに時間をかけたりするのが面倒って言うのがあったんだ。
自分のレーベルでならリミックスしよう、この人に頼もう・・・とか全ては自分のコントロール下にあるし、永遠に僕が楽曲を保持しているから誰かがサンプリングしても、コンピレーションにしても、僕のところに必ずロイヤリティーが戻ってくるからね。
だから、Z Recordsは僕の曲のカタログだとも言える。価値がないものになってしまうかもしれないけど、価値があるものになったときは全ては僕の元にあるからね。
自分の曲をいろいろなレーベルで出すのももちろん良いんだけども、自分の元に権利が戻ってくるのには時間がかかるものだからね。

Z RecordsのZはどんな意味があるのですか?

特に意味はないよ(笑)Zって言う文字が好きなだけだよ。形とか音とかね。
Republicで働いている時に、キチンと支払がされないことがあって、このまま何も貰えないのに自分のレコードを預けるわけにはいかない。早く自分のレーベルを立ち上げよう。って急いで名前を決める時にね、自分の好きな文字を1つつけた。ただそれだけだった(笑)。

Z Recordsのここ最近の活動を教えてください。

ここ最近では、沢山のリリースはしていないんだ。2005年はスコットランドのアーティストの楽曲とかを含めてリリースしていく予定。ディスコ系の曲をね。メインストリームとアンダーグラウンドの曲を半々でやるのが好きなんだ。
人によっては、アンダグーグランドだけをやりたがるけどね。僕は自分の興味が出るようなディープなものとPOP感のあるものとやっていく予定。


ヨーロッパのハウスシーンについて教えてください。

悪くないと思うよ。2年くらい前にはプログレッシブ、インストロメンタル、クラブはクールな曲をかけるDJを入れてきたし。歌詞のないディープな曲を沢山かけるようになったしね。
R&Bが沢山出てきてハウスを上回ってきた時期もあったけど、また歌詞があるハウスが出てきてよくなったんじゃないかな?人々は聞いて覚えて鼻歌で歌えるようなものが受け入れやすくなるよね。
ポップハウスが出てきたしね。トレンディーなマガジンに取り上げられるようになったからね。
クラブで聴いた事がある曲がマガジンに取り上げられて売れるようになったしね。
ナショナルラジオステーションも、プログレッシブやトライバルハウスだけじゃなくてそんなハウスを取り入れだしたよ。

この過去3年間の来日の意見も含めて、日本のシーンについてはどうお感じですか?

最初に日本に来たのが95年だったかな?その後が2003年、で今回の来日だからね。
10年くらいのギャップがあったし、それぞれ違うクラブでプレイしたからジャッジするには難しいな。
そんなに大きな変化は感じないけどね。日本は好きだよ。東京の街は素晴らしいし、環境もいいよね。

ところで、幼少の頃はどんな音楽を聴いて育ちましたか?

グラム・ロックかな?知ってる?
ゲイリー・グリターとかのロックな感じなものを聴いてたね。12歳くらいの時はディスコミュージックを聴いていたよ。ブギーナイトとかヒートウェーブとかのポップなディスコだね。

楽器は何かやってましたか?

ギターを少しやっていたよ。そんなにうまくなかったけどね(笑)

最後に2005年の抱負を教えてください。

クロスオーバーなポップミュージックの成功。もっとヒッドを出す事。それから、アルバム制作を始めたから仕上げたいね。色々やりたい事はあるけど、今やっている事を続けていく事かな。
2005年は何枚かのレコード、リミックスをやるよ。・・・って言う抱負じゃなくて、とにかく自分のやっている事に集中したいね。
メインストリームの音楽での成功をすることが新しい抱負って言う所かな?


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